
「愉悦」

週に何度か、仕事休みを利用して、たぬき相手に駄菓子屋のような事をやっている。
公園まで引っ張ってきたキャリーケースを開けば、自作の仕切りの中に色とりどりの駄菓子が並ぶ簡易駄菓子屋が開店だ。
結構たぬ気があるようで、俺の姿を見かけるとたぬき達も沸いてくれる。
「おじさんきたし…！」
「これくださいし！」


駄菓子ーーー10円や20円で楽しい時間を与えてくれるもの。
子供の手に届く範囲で、大人と同じように買い物という体験をさせてくれるもの。
残念な話だが、最近の子はあまり見向きしないらしい。
この辺の駄菓子屋も店主の高齢化や跡取り問題を解決できず、手に入る場所も限られてきていた。
たぬき達からすれば、飼いたぬきにでもならなければーーーそれでも人間のものを食べさせる飼い主は少ないーーーたぬ生に登場することのない代物だった。
勲章一つと交換とし、好きなものを選ばせてやる。


人の店には歓迎されないたぬき達にとっては、人のように買い物することも、のめり込む要因なのかもしれなかった。
なけなしの勲章を差し出してきたり、自分で材料を集めて勲章を作ってきたり、
勲章のために草引きやゴミ拾いをしてくるたぬきもいる。
労働に従事するのはいいけれど、多分普通に報酬でお金もらってお菓子買った方がいっぱいもらえるぞ。とは教えないでおく。
知らない方が多分幸せだろう。
搾取されているとも思っていないだろうし、恐らく雇った人間も勲章欲しさに働いてると思っているだけで努力の結晶を駄菓子と交換しているとは思うまい。
明らかにレートがおかしくなっている事には触れないでおく。
駄菓子のために勲章集めに奔走しているおかげか、街の景観や治安もこの辺では比較的良いと聞く。
駄菓子の魅力とは恐ろしいものだ。


「チョコ入りマシュマロ…モチモチ維持には欠かせませんし…！」
「きょうのうまい棒はサラダ味かし…サラダって食べたことないけどうまいし…！」


こちらの支出は毎回1000円も満たずにたぬきの色んな反応が見られるので娯楽としても安すぎた。
おまけに、手に入った勲章はまた別の使い道がありそうだ。

出せる勲章がなければちびを差し出してくるたぬきもいるが、いらない。
たぬきとは駄菓子をやり取りする以上の関係を持つ気はなかった。
「おじさん！勲章なくなったから、代わりにちびあげるし！」
「ｷｭｷｭ⁉︎ｷﾞｭｳｳ！」
「うるさいし！お前かわいくないんだし！」
「ｷﾞｭｰ！ｷﾞｭｱｱｯ！」
「近づくなし！お前もうウチの子じゃなくなったし！」
「ｷｭｷｭ！ｷｭﾜｧｧｧｱﾝ！」
売り飛ばされそうになったちびたぬきと駄菓子を手に入れようとする親が喧嘩しているが、無視して他の勲章持ちにお菓子との交換を持ちかける。


「ペロペロし…おいしいし…やはりイチゴ味がいちばん…ペロペロし…」
「オレンジさいこーだし…ペロペロし…ペロペロし…」
「何を…ペロペロ…し…メロンがキューきょくだし…ペロし…」
口の中で甘さが長持ちするアメはたぬ気が高い。
包みに入ってる丸いやつ、棒タイプのやつーーー色々あるが、表裏で味が違って中心にはラムネが入っていて持ち手の芯はガムのアレは販売が終わっていたことを知りショックを受けたものだ。
ちなみに味は色以外全部同じなので味についての論争は無意味だ。

ちょっとしたいたずら心で、アメの中に玩具を混ぜておいた。見た目は宝石状で、他より大きめでキラキラして綺麗だが、ただのプラスチックの塊だ。
「ペロペロし…ペロペロし…ペロペ…………だし？」
大きさに惹かれ、選んで交換した野良たぬきは味がしないことに首を傾げているが、周りは美味しそうに舐めている上、前回は普通のアメに当たっているはずなので不思議でたまらないだろう。
「ペロペロし！！」
声に出してみても味はしないと思う。
こいつめっちゃかわいいな…ずっと眺めていられる。
怪訝そうな表情がションボリ顔に変わるまで、10分ぐらい経ったろうか。
「ペロペロし…」
こちらに手を振り、トボトボと猫背で帰っていく。あいつどうするんだろうと思ったら次来た時もまだペロペロしていた。
味がしないし！とか返品するし！とか言ってくる考えもしないタイプなのか…。

「ペロペロし…」
ちょっとやつれてないか？まさかずっとペロペロしてたのだろうか。
あれから3日経ってるけども。
「ペロペロし…ペロペロし…」
でもちゃんと勲章は持ってきている。
「ずっと舐めながら仕事してたの？」
「ペロペロし…ペロペロし…」
頷いて、ペロペロたぬきはアメの玩具を口から取り出し、懐にしまう。きたなっ。

「実際のところ味がしないしと思いながらも口寂しくて手放せなかったし…
他のもの食べなくて済んだしダイエットにも良いんじゃないかし…？
人間達はビジネスチャンスを逃してる気がしてならないし…」

外したら凄いちゃんと喋れるやつだった。
言ってる事はわけがわからんけど、前回の詫びも兼ねて今回の交換ではちょっといい物としてチョコボールを渡してやった。
キャラメル味の箱を開けると、フタのベロには銀のエンゼルが輝く。
うわっ初めて見た。
「それ5枚集めるとおもちゃの缶詰もらえるよ」
「ペロペロし…ペロペロ…しっ！？」
もう口に入れたものは全てペロペロする対象となったペロペロたぬきと、
珍しい駄菓子を見にきた他のたぬき達がざわつく。
「おもちゃ…！？お菓子食べておもちゃがもらえるし…！？」
「夢のあるはなしだし…！」
「これはペロペロ…大事に取っておくし…！ペロペロし…！」
一生かかっても無理だと思うが、目標を持つのは良い事だと思う。


今回も玩具のアメを混ぜてみた。選ばなければ誰も被害には遭わないので、ある意味運ゲーみたいところもあると思う。
「おじさんこれくださいし！大きいからお得だし！」
けどやっぱり視覚効果にだまされるたぬき多いな…なら質感とかもこだわって欲しいものだ。
「たぬきは飴玉は噛み砕く派だし…ﾀﾞﾇｯ！？」
口の中でコロコロさせていた玩具の飴玉を、たぬきが勢いよく噛む。
だが砕かれたのは、たぬきの奥歯だった。
「ぎやぁぁああ…し！！」
悲痛な叫びをあげ、血を流しながら天を仰ぎ、ジタバタするたぬき。
噛み砕けるわけないじゃん…こいつはかわいいというよりかわいそうなやつだ。


今日は別の新作がある。
ロックストーンチョコ。一見、小石のような形をしたチョコレートだ。
サイズもたぬきには手頃だろう。
本当はいっぱい入っているのだが、わざわざ小分けに袋詰めし直して持ってきていた。
交換した野良たぬきは不思議そうに手に取っていたが、口にしてみると喜んで両手を上下させた。
「この石あまいし…あまいし…！」
「この石どこで見つけてきたし！？」
これはお菓子だからその辺の石とは違う、と言いかけて。
「実は石の中にはこういう甘いやつが混じってるんだ。
それを厳選して集めたものがこちらになります」
「ほんとかし…」
「ということはし…」
「頑張ればタダで甘いものが食べられるし…」
いそいそと、公園の小石集めを始めるたぬき達。
頑張って街の清掃してくれよな。
あ、でも駄菓子買いに来てくれなくなったら困るなぁ。



「ぎやぁぁああ…し！！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「違ったし！この石も全然甘くないし！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「甘いの見つからないしぃぃ！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
杞憂すぎた。
集めた小石を噛み砕こうとして歯が砕けるたぬきが続出したが、
多分また駄菓子を求めてきてくれるだろう。


「ほらちび…これおいしいし…食べるし…」
「ｷｭ…？ｷｭｷｭ…！ｸｩｰﾝ♪」
野良のたぬきが自分の子であるちびたぬきに、何も伝えずにロックストーンチョコを与える。
あーあ、ちゃんと教えないとーーー。
小石は甘いものと刷り込みを受けてしまったちびたぬきは、
そこらに落ちている小石もそうだと思い込み、
「ｷｭｳｳ♪」
ほら、やっぱり口に含んでガリッと。
「ｷﾞｭﾜｧｧｧｱ！」
血をだらだらと流しながら泣き叫ぶ我が子に、たぬきが驚いて声をあげる。
「えっちびどうしたし！」
騒ぐ子の口の中に手を突っ込み、血まみれの小石を取り出す。
「あっそれ食べちゃったし…！？ダメだし！小石はチョコじゃないし！」
「ｷｭｳ…ｷｭｳｳ…！」
そんなの知らないし…！と言いたげに、大粒の涙を溢しながら親を睨みつけるちびたぬきを気の毒に思い、ロックストーンチョコを差し出す。
「ｷｭﾜｧﾝ！ｷｭﾜｧｧｧ！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
あ、ダメだ。もうトラウマになってる。そりゃそうか。
見せるだけで仰向けにひっくり返り、ジタバタと泣き出すちびたぬきが生まれてしまった。
子育てって難しいね。



今日はまた、ちょっと変わり種を持ってきた。
ブタメンだ。
ポリポリと摘めるベビースターや、らあめんばばあも人気だが、こいつはまた違った魅力がある。
普通に美味しいものだが、あくまでカップラーメンを模したものとして、駄菓子だと考えている。
たぬきは貴重な勲章を差し出すために安全牌とも言える“いつもの”を好む者が多いが、
結構新しいモノ好きもいて、新作を出すと大抵誰かが挑戦する。
「これくださいし…！」
「ゆうしゃがあらわれたし…！」
「どんなんし…見せて欲しいし…」


「これ…どうやって食べるし…？」
蓋を開け、容器を口に向かって振るが、粉が少し落ちてくるだけだ。
交換した野良たぬきは、おもしろくないとションボリする。

「それ、お湯がないと食べられないよ。お湯で勲章1個だからね」
「わかったし…この勲章はなけなし…」
子育て勲章を受け取り、魔法瓶に入れてきたお湯を注いでやり、3分待つ。
スマホのタイマーが鳴ってから、透明なプラスチックのフォークを渡してやる。
蓋を開けると、ほかほかの湯気を立てて、柔らかな麺が姿を現した。
「魔法かし…！？」
「わんだほーだし…！」
「ひゅーひゅーし…！ひゅーひゅーし…！」
興味深そうに覗き込んでいた周りの野良たぬき達が盛り上がる。
意を決して、購入たぬきがフォークで麺を掬い上げ、すすると。
「あちち…はふはふし…ずるずるし…」
「ごくり…おいしそだし…！」
「この見た目…熱いスープに、やわらかくて長い麺…これは…」
そういえばコイツらの生活圏にカップラーメンなんてないもんな。
こういう反応もまた趣きがある。

「うどん…！これきっと、うどんだし…！」
「これがし…！？うどんダンスのあれし…！？」
いや、これブタメン。
「具はないから、きっと“すうどん”だし…！」
「これがウワサに聞くうどん…初めて見たし…！」
だからこれ、ブタメン。
「たぬきも欲しいし！食べたいしぃぃ！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「勲章2個分の価値はあったし…！はふはふし…！」
「うどん…いつか食べてみせるし…！」
「こうしちゃいられないし…稼ぎにいくし…！」
お前らパッケージ見ろ。
あ、でもたぬきだから読めないのか。


押し入れを漁ってたら、珍しいものが出てきた。
ガムパッチンとかパッチンガムとか、そんな名前のやつだ。
「ガムくださいし！」
ガムも結構たぬ気が高く、最初はガの字も知らなかった野良たぬきもいっちょ前にガムを欲しがり、膨らませて遊ぶ器用なたぬきまで現れていた。
勲章を受け取り、ガムパッチンを差し出す。
「はいどうぞ」
「ありがとし！」
仕込まれたバネが作動し、プラスチックの板が、ばちぃん！とたぬきの手先を挟み込む。
挟まれて変形した腕先を眺め、たぬきは首を傾げる。
理解が追いつくと共に痛みを感じだしたのか、やがてジタバタし始めた。
「とれないしぃぃいいい！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
ビックリするだけで実はそんなに痛くないはずだが、異様に騒ぎ立てている。

「この板ガムとれないしぃぃぃ！ガム食べたいしぃぃぃ！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
そっちかよ。それガムじゃないよ。
たぬきの反応はおもしろいが、たぬきに持たせると争いの道具にしかならないので回収して、ちゃんとガムを渡してあげた。


「ｷｭｰ……？」
やっと硬いものが食べられるようになったとのことで、この親子たぬきには丸い玉のガムを交換してやった。
親は噛んだガムを手につけて、びろーんと伸ばして遊んでいる。
「ちびも伸ばすし…」
じっと俯きながら、手元の丸いガムを不思議そうに見つめているちびたぬき。
他のたぬきは教えた通り、味がなくなると包み紙にぺっと吐き出し、包み込んでキャリーケース横に設置したゴミ箱に捨てている。
その様子も、ぽかんとした表情で見つめていた。
食べ物だけど、吐きださないといけないのがちびたぬきには難しかっただろうか。
ほんの少し、世話を焼いてやることにした。
「それずっと噛んでると無くなるよ」
味が。
「ｷｭｷｭ！」
わかったし！って言ってるな多分。
ちびたぬきは意を決して、口に含んだガムを噛み始める。
「ｷｭｷｭ~♪…ｸﾁｬｸﾁｬ…」
甘い味わいが広がって、声のトーンが1段階あがり、嬉しそうな表情でもごもごしだす。かわいい。
「ｸﾁｬｸﾁｬ…ｸﾁｬｸﾁｬ…ｷｭｷｭ♪」
もちもち。もちもち。
まだまだ味がするので、楽しそうに頬をモチモチと手で持ち上げて味わっている。


「ｸﾁｬｸﾁｬ…ｷｭ…ｸﾁｬｸﾁｬ…」
もちもち。もちもち。ションボリした表情のままでも、柔らかなほっぺを上下させる姿が愛らしい。
｢ﾓｷｭ…ｸﾁｬｸﾁｬ…ｸﾁｬｸﾁｬ…」
もちもち。もちもち。
延々とペロペロしていた野良たぬきと違い、ちびたぬきは明らかに元気がなくなってきている。
顎が痛くなってきたかな？
その横では我慢できず、ガムを飲み込んだ1匹が喉を詰まらせてジタバタしている。
「ｸﾁｬｸﾁｬ…ｸﾁｬｸﾁｬ……ｸﾁｬ…ﾀﾇ…」
もう味はしないはずだ。時々首を傾げながらも、諦めず噛み続けている。
唾液の分泌が促されすぎて、口の端から涎がダラダラとこぼれ始めていた。
今日はもうずっとこいつを見ていたい。


「まだ噛んでるし…？よっぽど好きなんだし…」
「ｸﾁｬｸﾁｬ…ｷﾞｭｳ…ｸﾁｬｸﾁｬ…」
怪訝そうな面持ちの親に手を引かれながら、ずっとガムを噛み続けるちびたぬきが帰っていく。
次来た時はチューイングキャンデーを渡してやろう。
噛んでいるうちに消えてしまって、さぞビックリするに違いない。
その後はガムと交互に繰り返したいと思った。


そろそろ店じまいするか。キャリーケースを畳み、立ち上がる。
「ハッ…し…ハッ…し…間に合ったし…！？」
1匹のたぬきが、大したことのない速度で大袈裟に走ってきた。
「ゴミ拾い頑張って勲章もらってきたし…！隣町まで行ったし…！」
おお。えらいぞ。とはいえ、手頃な駄菓子は放出し尽くしてしまっていた。
仕方がない。ラストワン賞みたいなもんだ。
タダで吹き戻しをくれてやった。
「何これし…」
お菓子ではないので、あからさまにガッカリするたぬきだったが、
ぴゅーーー…ひゅるるるる…
「……！」
ぴゅーーーー！ひゅるる！ぴゅーーー！
ハマってしまったらしく、ずっと吹いて戻してを繰り返している。かわいい。
「ｷｭｷｭ⁉︎ｷｭｰ！ｷｭｰ!」
「それたぬきも欲しいし…」
「頑張って稼ぐし…」
こうして、次は何かと期待感に胸を膨らませながら、たぬき達はそれぞれの住処に帰っていく。
この場にいる皆が、生きる希望を持って生活している。もちろん俺もだ。
今度は何を持ってこようかな。





後日、たぬき愛護団体に勲章の違法取引を摘発されておじさんは公園で駄菓子を広げる事が出来なくなりました。
愛護団体の人間がたぬき達に勲章の返還と説明にやってきましたが、持ち主を特定できず、いたずらに混乱を引き起こしただけにとどまります。
駄菓子の入手経路を失って、たぬき達は途方に暮れました。

「え…もうお菓子食べれないし…？やだし…！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「おじさんを返してし…！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「ｷｭｳｳｳ…ｸｩﾝ…ｸｩﾝ…！」ｼﾞﾀﾊﾞﾀｼﾞﾀﾊﾞﾀ
「働く気なくなったし…」

街にはやる気のないたぬきと、ゴミと、伸び放題の草が溢れ、治安や雰囲気も悪くなりました。
行きすぎた保護が、たぬき達の生きる気力を奪ってしまいましたとさ。


オワリ

